どこをどうしてどうなっているのか。まるで迷路のようなペーパーコードの世界へようこそ!

どこをどうしてどうなっているのか。まるで迷路のようなペーパーコードの世界へようこそ!

暮らしの中でどうしても壊れていってしまうものたち。新しくて便利なものも安く手に入る世の中ですが、壊れたものを直して新しい命を吹き込む職人さんたちもいます。

暮らしのコラムでは「直す」人たちに、何をどんな風に直しているのか、そしてどうして直すことが大切なのか、教えてもらう連載を始めました。色々な「直す」エキスパートたちに登場していただこうと思っています。あなたのお気に入りと出会い直すお手伝いができたら、とても嬉しいです。

つくることと直すことのジレンマ?

正確に素早い手さばきが見事です。

正確に素早い手さばきが見事です。

今回お話を伺ったのは、坂本茂さん。昨年の「高岡クラフトコンペ2015」でグランプリを受賞しました。家具デザイナーとしても躍進しながら、古い家具を直して使うことにも心血を注いでいます。でも、古いものをずっと使うということは、裏を返せば自分の作った新しいものを買ってもらえないということでもあります。そこにジレンマはないのでしょうか。そんなことを考えながら、つくることと直すこと、その両方を手がける坂本さんの工房にお邪魔しました。

ペーパーコードの椅子という選択肢

坂本さんは現在、オリジナルの作品を発表する傍らペーパーコードの家具の補修のお仕事をされています。ペーパーコードというものをご存知でしょうか?聞き覚えがなくても、写真を見ていただければお分かりになると思います。

ペーパーコードで張られた椅子の座面。

ペーパーコードで張られた椅子の座面。

その名の通り紙で作られたコードのこと。一枚の紙を強く撚って強度のあるコードを作り、3本縒り合わせたもので椅子の座面を編んでいきます。

ペーパーコードの家具のいいところとはどういうところなのでしょうか。

「湿度の高い日本では、通気性の良さがまず挙げられるでしょうね。あとは耐久性でしょうか。一般的な椅子はウレタンフォームを使っています。このウレタンの耐久性があまり良くないんです。だからいい革を使った椅子を買っても、革よりも先にウレタンがヘタれてしまう。」

椅子は座面がヘタってきてしまうとどうしても座り心地が悪くなります。それだけでなく、正しい姿勢で座れないことで身体への悪影響も大きくなってしまいます。

「どんな椅子でもヘタれてきたら張替えをするんですが、ペーパーコードはほかの椅子に比べて張替えのゴミが少ないことも特徴ですね。古いコードを切ってほどき、新しいコードを張ればおしまいです。」

読者のみなさんの中にも「いいものを長く使いたい」と考える方はたくさんいらっしゃると思いますが、メンテナンスにも費用がかかってしまうのは少し考えものです。ペーパーコードの椅子は一回張れば10~15年の耐久性があるそう。少ない材料で比較的安価に張替えができるのはエコでもあるし、魅力的です。

話をしながらも坂本さんの作業の手は止まりません。1工程1工程、正確に、でも素早く作業を進めていきます。

実際に張替えをしながら、坂本さんはペーパーコードをほぐして見せてくれました。

縒りをほぐしてみると、一枚の紙になっています。

縒りをほぐしてみると、一枚の紙になっています。

「今はパルプ100%のデンマークのコードを取り寄せて使っています。日本ではもともと家具のためにペーパーコードを作っているわけではないんです。主な使い道は紙袋のもち手とか、そういうところになっている。だからちょっと撚りが甘いんですね。日本の太さ6mmのコードの撚りをほぐしてみます。そうすると、使われている紙の幅はデンマークの太さ3mmのコードとほとんど一緒なんです。デンマークのものの方が強くしっかりと撚られている。撚りの強さはそのまま座面の強度に出てしまいますから、まだ国産のコードは椅子に使えるようなクオリティにはなっていないかなと思います。ただ、日本のメーカーも頑張っているところなので、もう少ししたら国産、しかも再生紙のようなエコな素材で座面が張れる日が来るかもしれません。」

ものづくりの美学:カールハンセン時代

ペーパーコードの家具を扱うようになったきっかけをお聞きしました。坂本さんはデンマークの有名家具メーカー、「Carl Hansen & Søn」で働いていました。もともとは「ディーサイン」という名前のこじんまりとした会社だったそうですが、現在のカール・ハンセンは関連会社のM&Aを繰り返して大きな会社へと成長しています。

「カール・ハンセンの『Yチェア』をはじめとして、デンマークの家具は世界的にも有名ですよね。これはデンマーク政府からのサポートによるところも大きいんです。国内人口が少ないので、輸出することを前提に家具のデザインを作っている。」

「1950~60年代は国内にもまだ優秀なデザイナーがたくさんいましたから、当時はもっとも勢いがあった時代です。それ以降の若いデザイナーは、過去のデザイナーの残した影響があまりに大きく、活躍する場を見つけることが難しくなってしまった。新しいデザインが生まれにくなりますが、会社は売り上げは増やさなければいけません。結果的に事業としては過去のデザイナーの作品を復刻していくことになります。」

カール・ハンセンから譲り受けた、破損した家具のパーツ。ここから型を取り、新しいパーツを作っていきます。

カール・ハンセンから譲り受けた、破損した家具のパーツ。ここから型を取り、新しいパーツを作っていきます。

国内の状況を反映して、人件費からくる製造コストの増加や、職人の技術を補うために、「CNC」と呼ばれる木工用の大型機械を使用した生産がメインになっていきます。機械で作るため精度があり、製品の品質は上がりますが、人間が行う工程が減ったせいで職人さんの数はどんどん少なくなっているそう。

そんななか坂本さんは日本法人のスタッフとして自社製品の補修に携わっていくことになります。家具の補修というと一言ですが、その中身は折れてしまったパーツの作り直しからペーパーコードの座面張りまで多岐に渡ります。

「これはデンマーク家具全般に言える特徴ですが、デザインに無駄な部分がないですよね。装飾を施すと高級感が出てそれだけ価格を上げることができたりしますが、そういう部分を極力削っている。そういった美学は、確実に僕のものづくりにも反映されていると思います。」

家具職人として独立

多摩美術大学に通っていた学生時代から、自分の手を動かしてものを作ることがとても好きだったという坂本さん。カール・ハンセンでキャリアを積み、社内の重要なポジションにも付いていましたが、2014年に家具職人として独立することを決めます。

「カール・ハンセン本社からは今も補修の仕事を依頼されることがあります。修理の仕事の合間に、自分のデザインをコツコツと発表していきました。」

その試行錯誤の中で生まれた作品の一つが「dorayaki-stool」。

片手で持ち運びできるdorayaki-stool。http://stylestore.jp/item/AF180-00-0000-B453/

片手で持ち運びできるdorayaki-stool。http://stylestore.jp/item/AF180-00-0000-B453/

「ホームセンターに行ってみればすぐわかるんですが、今日本で手に入る手頃な木材はほとんど外国産なんです。『外材』と言いますが、国内にいても外材に頼らないとものづくりができないということにはジレンマがありました。どうしてもというわけではないのですが、せっかくだから国産の材料を使ってプロダクトを作りたいと思ったんです。日本の木材といえば代表的なものにヒノキがあります。」

もともとヒノキを使ったスツールはすでに作っていた坂本さん。ヒノキといえばお風呂のイメージが強いですが、その特徴は香りの強さだけでなくて軽さにあります。取材に伺ったときにヒノキのスツールに座らせていただきましたが、その軽さは握力が本当に弱いわたしでも簡単に片手で持ち運べるほど。ちょっとした驚きでした。

驚くほど軽いヒノキのスツール。こちらは試作品だそう。

驚くほど軽いヒノキのスツール。こちらは試作品だそう。

そして座面は鹿革。

「鹿は今では害獣としてのイメージが強いと思います。農作物に被害を与えるし、駆除にもお金がかかり、実利がない。駆除についてハンターさんに聞いてみると、山から降ろすのが大変で、食べられる肉以外はその場で埋めてきてしまうことが多いそうなんですね。実際にはツノや皮など使える部分はたくさんあるのに無駄になっている。そういうものをなんとか使えないかな、というのがもともとのアイデアです。」

実際には安定した供給ができないなど、駆除鹿の革を利用した生産は未だ難しい面があるそうです。でもデザインだけでなく、日本の環境が抱える課題にも目を向けたスツールは、「高岡クラフトコンペ2015」で「ファクトリークラフト部門」のグランプリを受賞しました。

いいものをずっと長く使ってほしいから

インターネットで検索するとペーパーコードの張替えをする業者もたくさんいます。ただ、プロである坂本さんの目から見ると、仕上がりの写真のクオリティはまちまちだそう。

「僕自身、家具を作るときは長く使えるもの、修理してまで使いたいと思ってもらえるものを作っていきたいと思っています。そうしないと作る意味がないんですよ。僕のように個人で作っていると、どうしても単価が高くなりますから価格競争では勝てないですから。それに、長く使いたいと思って張り替えに出しても、2、3年で緩んでしまったという声をよく聞きます。プロとしてそのあたりはちゃんとしていきたい、お客さんにもきちんとした技術で張り替えたものを知ってもらいたいと思っていますね。」

制作や補修を仕事としながらも、張替え講習会も積極的に開催している坂本さん。

「僕自身『作りたい』という気持ちから全てが始まっているので、同じ気持ちを持っている人のことは応援したいという思いが強いんです。ただ、椅子の張替え一つにしても、布張りや革張りはいろいろ道具を揃えなくてはいけないですよね。その分、ペーパーコードはニッパーとハンマーがあれば始められますから、初心者でも挑戦しやすいと思っています。」

工房での坂本さん。

工房での坂本さん。

ちょっと大げさですが、坂本さんが教えた生徒さんの中から、もしかしたら未来のライバルが出現するかもしれません。でもきっと坂本さんはそんなことも気にしていません。家具をつくるときも、直すときも、教えるときも、確実に作業工程をこなしていきます。大切なのは、一つひとつの仕事に真剣に向き合うこと。そんな姿勢に「せっかくいいものを手に入れたのだから、ずっといい状態で使ってほしい」という坂本さんのプロとしての矜持を見ました。

もし、お家に張り替えたいペーパーコードの椅子がある!という方がいらっしゃったら、ぜひ坂本さんに相談してみてください。きっと見違えるほどになって戻ってきます。でももしかしたら、坂本さんの仕事に惚れ込んでお家に椅子が増えてしまうことにもなる、かもしれませんね。

 

文 / 赤星友香
フリーランスのクロシェター・ライター。編み物のパターンを作りながら、文章を書く仕事をしています。心から納得できる仕事をしようとしている人たち、自分や周りの人にとってより暮らしやすい環境を作ろうとしている人たち、小さくてもおもしろいことを自分で作って発信している人たちを言葉にして伝えることで応援したいと思っています。