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暮らしの中でどうしても壊れていってしまうものたち。新しくて便利なものも安く手に入る世の中ですが、壊れたものを直して新しい命を吹き込む職人さんたちもいます。

暮らしのコラムでは「直す」人たちに、何をどんな風に直しているのか、そしてどうして直すことが大切なのか、教えてもらう連載を始めました。色々な「直す」エキスパートたちに登場していただこうと思っています。あなたのお気に入りと出会い直すお手伝いができたら、とても嬉しいです。

全ての装飾を取り払い、シンプルな空間になった「下目黒の家」。

全ての装飾を取り払い、シンプルな空間になった「下目黒の家」。

長く放置された空き家をリノベーションで再生させ、住む人を募集する「カリアゲ」というサービス。
http://www.kariage.tokyo/
現在8棟の建物、延べ21部屋が生まれ変わっています。

最近では建物や内装を新しく蘇らせる方法として「リフォーム」と同じくらいよく使われるようになった「リノベーション」という言葉。文脈や使う人によっても幅がありますが、「古くなった建物を新しく蘇らせる」というニュアンスはどの場合にも含まれているように思います。

「衣食住」と言われるとおり、人間が生きていく上で必要不可欠な住まい。築年数がどのくらい経っているかが大切なのが典型的な日本の住まいの特徴です。新築に近ければ近いほど家賃や売買価格が高く、築15年以上経った建物は減価償却が終わり、建物自体の資産価値はないとされています。

リノベーションの人気が盛り上がっているのは、これまでずっと新築重視だった日本の住宅市場にとっては新しい流れと言えそうです。それまで価値がないとされてきた古い不動産に、改装によって付加価値を与える。古い部分を上手に活かしつつも、ぱっと見では全然もとの状態が想像できないような仕上がりに人気が出ているのが、これまで一般的に行われてきたリフォームとはすこし違うところ。

もしかして家は新築じゃなくても良いんじゃないか?」この言葉は、以前インタビューした南さんからお聞きしたもの。リノベーションが流行っているのは、そういう価値観がたくさんの人に共有されてきている結果かもしれません。どうして古い家を直すのか。リノベーションを実際にお仕事にしている人は、普段どんなことを考えているのでしょうか。

福井さんのオフィスでお話を伺いました。

福井さんのオフィスでお話を伺いました。

今回会いに行ったのは、これまで住まいのリノベーションを数多く手がけてきたリノベーション施工会社「ルーヴィス」の福井信行さん。「カリアゲ」の運営者でもあります。

空き家が社会問題化している

「カリアゲ」というサービスは、福井さんがあるニュースを目にしたところから始まりました。

「2年くらい前に、蒲田にある平屋が行政代執行で解体されたっていうニュースがあったんです。解体費用はだいたい200~300万円くらい。ニュースでは行政が立て替えて、これから所有者に請求していくと言っていました」

ここ数年話題になることも多い空き家問題。昨年の2015年には「空き家対策特別措置法」も施行され、倒壊の危険があるような古い家屋は行政が所有者に替わって取り壊しができるようになりました。

「その後半年くらい経って、そういえばあの空き家どうなったかな?と調べてみたんです。そうしたらまだ2、3万円くらいしか回収できてないって出てきて。ああ、結局残りの数百万は税金で賄うんだなーって思ったんですよ。今全国には空き家が830万戸あるって言われている。仮に全部取り壊すとしたら4~6兆円かかるそうです。それ、もしかして税金でやる気なのかなって思ったときに、だったら僕が借りようかな、と」

「下目黒の家」リノベーション中の写真。使えないと判断したものはどんどん解体していきます。

「下目黒の家」リノベーション中の写真。使えないと判断したものはどんどん解体していきます。

もともとリノベーションのプロの福井さんのこと、空き家を再生させるノウハウは十分に持っています。あとは借りたとして、どう使うかということが問題です。

「放置空き家でオーナーさんもどうでもいいって思っているなら、内装代は全額負担するから、その代わり安く貸してもらおうと。今は6年間という期間を決めて借り上げて、その間家賃の1割をオーナーさんにお支払いしています。残りの家賃収入はこちらがいただきます。その賃料から内装費用を回収しながら、6年間運用していくイメージですね」

1年ほど前から始まった「カリアゲ」。この1年間の間になんと90件もの候補物件を見に行ったそうです。

AirBnB用として使われることになった「中野新橋の長屋」。

AirBnB用として使われることになった「中野新橋の長屋」。

「メディアで「カリアゲ」のことを見かけたり、ネットで検索したりして連絡をしてきてくれます。親の代からあった空き家を相続して、「さてどうしよう」となった人が多いですね。90件見ても、雨漏りがあるとか、シロアリにかなり食われているとか、建物自体がとても痛んでしまっていて費用対効果が見込めない物件ももちろん多いです。その中でこれなら大丈夫、という物件を選んで「カリアゲ」の物件にしています」

年間90件というと、単純に計算しても4日に一度はどこかの物件を見に行っているということ。それもなかなか大変そうですが、福井さんは「カリアゲ」をとても楽しんでいるそうです。

「自由に好き勝手にできるし楽しいですよ。僕はリノベーションをするとき、どんどん要素をそぎ落としていきたいんです。装飾とかは好きじゃない。極力何もせず、素材感としてすごくいいよね、というところに持っていきたい。それでも雰囲気が良いっていいじゃないですか」

たとえば「カリアゲ」最初のプロジェクトである「下目黒の家」。

「下目黒の家」のキッチン壁は一面タイルになっています。

「下目黒の家」のキッチン壁は一面タイルになっています。

木を生かしたナチュラルさと、直線の構造による鋭角さがマッチしてスタイリッシュな印象になっています。

「「カリアゲ」は基本的に入居者による改装OKで貸しています。だから、やっていいことといけないことを言葉で説明するんじゃなくて、仕様によって自分で認識してもらえるようにしたかった。つまり、木の部分は穴を開けたりしても大丈夫だけど、壊しにくいタイルが入っている部分はガスや水道の配管が通っているからいじると危ないよ、っていうことが感覚的にわかるようにしたかったんです」

説明書を読まなくてもいじっているうちになんとなく使い方がわかってくる、というのはいいプロダクトの証拠。こういう工夫のおかげもあってか、入居者はみなさん自分好みに改装しながら住み続けているそうです。リノベーションとは長く使われてきた古い建物にまた新しく命を吹き込むこと。これからも長く使い続けていくためには、リノベーションする「今」だけでなく、使い続けていく「これから」のことを考えることも大切です。

「経験を積んで、僕もプロみたいな感じになってきた(笑)。かなりバランスのとれた設計施工ができるようになりましたね。プロは一緒に夢を見るんじゃなくて、お客さんに夢を見てもらうためにどうするかをちゃんと考えられないと」

この記事は後編に続きます。後編では、どうしてリノベーションをするのか?福井さんにとってリノベーションとは?について、もっと詳しく伺いました。どうぞお楽しみに!

 

文 / 赤星友香
フリーランスのクロシェター・ライター。編み物のパターンを作りながら、文章を書く仕事をしています。心から納得できる仕事をしようとしている人たち、自分や周りの人にとってより暮らしやすい環境を作ろうとしている人たち、小さくてもおもしろいことを自分で作って発信している人たちを言葉にして伝えることで応援したいと思っています。