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みなさんは「ダーニング」という言葉をご存知でしょうか?最近ではワークショップイベントもちょこちょこ開催されるようになっているので、実際にやってみたことのある方もいらっしゃるかもしれません。ダーニングのなかでも最近話題になっているのが、カラフルな糸を使って衣類のかけはぎをする「装飾ダーニング」です。

好きな色や質感の糸を使いかけはぎをしていくダーニング。

好きな色や質感の糸を使いかけはぎをしていくダーニング。

今回はデザイナーとして活躍する傍ら、このダーニングを広めるべくワークショップを開催されている野口光さんにお話を伺ってきました。ビジネス拠点はロンドン、生活拠点は南アフリカながら、日本の展示会などにも積極的に出展されている野口さん。今回の取材もインテリア関係の展示会の最中にお邪魔させていただきました。作ることと直すことを両方やっている野口さん、その思いはどのようなものなのでしょうか。

「インテリア ライフスタイル TOKYO」という展示会での「hikaru noguchi」の新作ブース。

「インテリア ライフスタイル TOKYO」という展示会での「hikaru noguchi」の新作ブース。

ご紹介したように、野口さんの本職はニットデザイン。イギリスを拠点に「hikaru noguchi」というご自身のブランドを立ち上げています。スカーフ(マフラー)やブランケットなど、テキスタイルが活きる製品をメインに展開されています。

hikaru noguchiの16-17秋冬コレクション。

hikaru noguchiの16-17秋冬コレクション。

「イギリスでニットデザインを勉強して、最初はニット生地を貼った椅子など、インテリア用品を販売していました。イギリスでは1960年代ごろにニットのブランケットやクッションなどのインテリア小物が流行ったんです。でもその後インテリアの世界ではほとんどニットが見られなくなっていたので、当時私の提案はとても注目されました」

ブース内で商談の合間にインタビューをさせていただきました。

ブース内で商談の合間にインタビューをさせていただきました。

ちょうど前回の「直す人」で取材した遠藤さんによると、椅子に貼る布には強度が必要。ニットを使うのはとても難しいそうです。

「縮絨(しゅくじゅう)させて伸びにくくしたりなどの工夫は必須ですよね。あと、当時は完成品の椅子を扱っていたので在庫管理がとても大変でした(笑)。インテリア用品は価格が上がれば上がるほど富裕層向けになります。コミュニケーション能力や社会的な知識みたいなものが必要になってくるので、そこは外国人にはなかなか難しいところでした」

そこで思い切った方向転換をし、ファッション小物をメインに扱い始めた野口さん。マフラーのコレクションを15年ほど続けたころに、ダーニングに出会います。

「「PRICK YOUR FINGER」という手芸用品店があるのですが、そこの経営者のレイチェルという女性が私のニット仲間なんです。彼女がずっとこういうカラフルな「装飾ダーニング」を続けていて。しかも彼女のお父さんがダーニングマッシュルームを手作りして販売していたんです。素敵だなと思ってレイチェルに習いはじめ、日本でワークショップを開催したりするようになりました」

ダーニングワークショップの風景。参加者がそれぞれ繕いたいものを持ってきます。

ダーニングワークショップの風景。参加者がそれぞれ繕いたいものを持ってきます。

もともと「ダーニング」とは英語で繕いもののこと。経糸に緯糸を通していって繕いものをする手法は洋の東西を問わず昔からよくみられます。

「レイチェルが提案しているこの「装飾ダーニング」は、あえてカラフルな糸を使い、可愛らしさを出しているところが特徴ですね。ヘタウマなくらいが味が出て良いので、誰でもできます、大丈夫です(笑)」

ブースに置いてあった見本のデニム。ニット以外のものだってもちろんダーニングできます。

ブースに置いてあった見本のデニム。ニット以外のものだってもちろんダーニングできます。

ダーニングするのに大切な道具が「ダーニングマッシュルーム」。名前の通りキノコのような形をしています。キノコの傘に当たる部分を穴に当て、生地をピンと張らせます。その状態でダーニングをすることでヨレたり縮んだりすることなくダーニングをすることができます。野口さんは、当初レイチェルのお父さんお手製のダーニングマッシュルームを使っていたそうです。

「日本は高温多湿なので、次第に日本の気候に合わせたオリジナル商品を作りたいなと思うようになりました。そこで東京の木工所に持ち込み、オリジナルのものを作って販売することになりました」

こちらが「hikaru noguchi」オリジナルのダーニングマッシュルーム。

こちらが「hikaru noguchi」オリジナルのダーニングマッシュルーム。

そんな経緯で、今「hikaru noguchi」ブランドで販売されているダーニングマッシュルームは日本製のものなのだそうです。キノコでいうと傘と軸にあたる部分も全て一体で削り出しているため、パーツが外れたりすることもなく丈夫だそう。国内だと「moorit」や「hikaru noguchi」のネットショップで購入することができます。最近では宮城の職人さんお手製の「ダーニングこけし」も登場。静かにじっと見つめてくれるこけしちゃん、地道な作業を励ましてくれそうです。

こちらがそのこけしちゃん。ダーニング仕様で頭が少し平べったくなっています。

こちらがそのこけしちゃん。ダーニング仕様で頭が少し平べったくなっています。

「インスタグラムを見ていると、日本でワークショップに参加したり、マッシュルームを買ってくれたりした方がハッシュタグをつけてよく発信してくれています。今日本は手芸の中でもとくに刺繍が流行っていますよね。そんな関係もあって、密かなブームになってきているのかなという感じがありますね」

自分の持ち物を直したい、という人向けにワークショップや商品の販売を行っている野口さんですが、「hikaru noguchi」の製品をダーニングしたりすることはあるのでしょうか。

「実は「hikaru notuchi」の製品はすべて10年保証をつけているんです。虫食いなど補修が必要になったら、送ってもらえれば直しますと言っているんですが、このサービスを利用してくれる人はなぜかいないんですよね。展示会のときなどはバイヤーさんたちにもこのサービスを紹介するんですが、食いつきはあまりよくないです。手作りが好きでワークショップに来てくれるような方とはちょっと層が違うのかな、と思っています」

そこでちょっと目線を変え、「刺繍としてダーニングを施す」という手法を試してみた野口さん。

イギリスでは休日用として人気のあるニットタイ。

イギリスでは休日用として人気のあるニットタイ。

「この間友人と話していたら、「手書きそっくりのフォントを作って印字しても、人間の目は本物の手書きと印刷されたものをすぐに見分ける」という話になったんです。服飾の世界はほとんどすべてが工業製品ですよね。そこにちょっとでも人の手が加わったものがあるとやはり人目をひくようです」

実際取材中にブースにいらっしゃったバイヤーさんも、一番最初にダーニングが施されたネクタイを手に取っていました。「ダーニング」「補修」と言われるとパッとイメージしづらくても、実物があると印象が全く違ってくるのかもしれません。

お話を伺っていると、「hikaru noguchi」のブランド展開とダーニングは野口さんの中では一つの方向性としてつながっているように感じました。でも「hikaru noguchi」のお客さんからすると野口さんはニットデザイナー、そしてダーニングのお客さんからすると野口さんはダーニングの人、として見られてしまいます。そのあたりのバランスはどのようにとっているのでしょうか。

「私もいちユーザーとして気に入ったものを長く使いたいという思いが強いです。ダーニングを積極的に広めているのはそこが理由かもしれませんね(笑)。直して使い続けるようになるとみんなが新しいものを買わなくなってしまうかもしれません。でもやっぱり気に入って買ったものは長く使いたいし、ボロボロになっても捨てられないものもあります。せっかくなら直してでも長く使いたいと思ってもらえるようなものを作っていくというところがデザイナーとしての醍醐味かもしれませんね」

たとえばこんなシャツだって。経糸と緯糸で別々の色を使うことで、地のチェック模様ともしっくりくるニュアンスに。

たとえばこんなシャツだって。経糸と緯糸で別々の色を使うことで、地のチェック模様ともしっくりくるニュアンスに。

さて、今回の記事は実はおまけ付き。野口さんの「誰でもできます!」という言葉にも後押しされて、取材後私がダーニングに挑戦してみました。とくにワークショップに参加したわけでもなく、写真を見ながらの見よう見まねですが、本当にそれでも大丈夫なのでしょうか…。

オレンジのものがメトロノームの背中です。

オレンジのものがメトロノームの背中です。

今回トライしてみたのは、もう足掛け15年以上履き続けているブルージーンズ。膝はとっくのとうに破れていたのですが、最近お尻も一箇所破れてしまいました。というわけで繕うべき箇所は3箇所ほど。まずは失敗しても被害が少なそうな膝の穴からダーニングしてみました。

数年放置していた穴なので、直径10cmくらいに広がっています。「生地に当てるのはダーニングマッシュルームでなくても、丸いものならなんでもいいんです」と野口さんはおっしゃっていました。ちなみに、野口さんが大きな穴をダーニングするときはダチョウの卵を使うそうです。南アフリカらしいエピソードですが、なかなか日本では手に入りません…。

さすがにこれはちょっと大きすぎて当てられそうな丸いものが見当たらない…というわけで、今回はアナログメトロノームの背中の部分を使いました。完全にまん丸ではないですが、なんとかなるでしょうか。

経糸の貼り方の強さも間隔もだいたいざっくり。勘でやっています。

経糸の貼り方の強さも間隔もだいたいざっくり。勘でやっています。

まずは見よう見まねで経糸を渡していきます。ちなみに使った糸は「Sari Yarns」さんの段染め糸。

経糸を渡し終わったら緯糸を入れていきます。機織りのように経糸の上下に交互に渡しながら、針でぎゅっと抑えて緯糸と緯糸の間の隙間をなくしていきます。

針は毛糸用のとじ針と、先が反り返っている刺繍針を使いました。糸を拾うのに便利です。

針は毛糸用のとじ針と、先が反り返っている刺繍針を使いました。糸を拾うのに便利です。

そしてできあがったのがこちら。ずいぶんとヨレヨレしていますが、野口さんの「ヘタウマなくらいがかわいい」の言葉を信じて、完成です!

穴に合わせてダーニングしたので不思議な形になりました。

穴に合わせてダーニングしたので不思議な形になりました。

履いてみるとこんな感じ。一ヶ月ほどしまいこみっぱなしだったのでたたみジワができていますが、まだ繕っていない右膝と比べるとちゃんと補修されている感が出ています!このあと全ての穴を繕いました。

もともとは右膝と同じくらいの大きさの穴でした。

もともとは右膝と同じくらいの大きさの穴でした。

実際にやってみると、強度やできあがりのきれいさには初心者ゆえの問題があるな…と感じるものの、なんとか最後までたどりつけたダーニング。「ワークショップに参加する方も、穴を3つくらい繕えばもう後は何もお教えしなくても自分でできてしまいます」と野口さんは言っていました。

以外と誰でもできるのに、実際にやってみるのにハードルがあるのはやはり時間だったり、手間だったりのところなのかもしれません。

「私にもずっとダーニングし続けて捨てられない靴下があるんです。子どもには「いい加減それ捨てたら?」なんて言われてしまうんですが(笑)、やっぱりちゃんと時間をかけられるのは贅沢なことだし、そういう余裕を持ち続けていたいなとは感じています」

「師匠」レイチェルさんがダーニングを繰り返してき続けているセーター。

「師匠」レイチェルさんがダーニングを繰り返してき続けているセーター。

もちろん時間には限りがありますし、現代に生きる私たちにはやらなければならないこともやりたいことも山盛りです。その中でどのように取捨選択していくのか、は確かに難しい問題。でも野口さんのように、そして僭越ながら私のように、「ボロボロだけど気に入っていてなかなか捨てられない」ものがある方は、そのものを大切にされるのもまた一つの選択肢だと思います。ものには思い出が染み込んでいるもの。思い出と一緒にこれからも長く暮らせたら、それはとても幸せなことではないかなと思いました。

 

文 / 赤星友香
フリーランスのクロシェター・ライター。編み物のパターンを作りながら、文章を書く仕事をしています。心から納得できる仕事をしようとしている人たち、自分や周りの人にとってより暮らしやすい環境を作ろうとしている人たち、小さくてもおもしろいことを自分で作って発信している人たちを言葉にして伝えることで応援したいと思っています。